BLOG 2016年06月


  2016/06/29(水) 降り続く雨  


止まない!

おとといから降りしきる雨。

梅雨とはいえ、こんな激しい長雨は過去に覚えがない。

相変わらず「大雨警報」は出ているが、怖いのは河川の氾濫と土砂崩れ。

事務所は川から遠く比較的、高地なので心配はないけれど、この雨の勢いは、
河川の近くや山手のほうの人々を脅かしているだろう。

ブルーシートをかぶせた半壊の家の前で、雨に打たれ立ち尽くす人がいた。
それでも雨は降り続ける。



  2016/06/28(火) それでも選挙  


国民の義務であることは承知で一言。

熊本のほぼ半数の市町村が熊本地震で被災、避難している
有権者の所在を把握しきれていないという。
送付した投票所入場券も「宛先不明」で返ってくる分が
通常の6倍から7倍と言っている。
役所のホームページでも所在の申請を呼びかけているというが、
避難者や、特に高齢者は見るすべもないだろう。

役所の職員もいまだ罹災証明書の発行など震災関連で
大わらわだというのに。

そんな状況で正しい選挙ができるのだろうかと思う。

被災者は「それどろじゃない、地震で家を無くし、
また大雨で不安なのに」
そう思っているのではないだろうか。



  2016/06/27(月) 雨やまず  


橋谷君が元気に出勤してきた。

「お早うございます」と、いつもの顔で。

住まいも全壊で、ご両親や本人のこれからの住居や、
家業(花卉栽培)の復興などこれからが大変だと思う。
でも、一歩ずつでも前に進まなければ。
彼なら大丈夫。



  2016/06/24(金) お葬式  


今日は橋谷君のご祖父母様のお葬式。

始まりがお昼なので事務所を空けられず、
ゆうさんのみ参列。

実は一昨日、橋谷君から訃報が伝えられた後に、
ゆうさんの無二の親友も亡くなった。
脳腫瘍で長らく病床の身であり、地震の時、
かぼそい声で「大丈夫か?」という電話の声が最後になったそうだ。
さすがのゆうさんもお通夜、葬儀が続き憔悴気味。

事務所にてひとり、窓に見るしとしとの雨が
なんだかもの悲しい。



  2016/06/24(金) お通夜  


橋谷君のご祖父母様のお通夜に出かけた。

会場に入ってすぐ目に入ったのが
祭壇の中央に飾られたご遺影。
とても温和で、今にも話しをされそうな表情であった。

焼香が済んで橋谷君とご両親に挨拶をした時、
ご両親は、このようにおっしゃった。
「祖父母に助けられました」と。


ご祖父母様はご家族に命を託されたんだろうな、
そのように思う。



  2016/06/22(水) 訃報の記事  


今朝の新聞に橋谷君のご祖父母様のことが載っていた。

「20日の午後11時30分、橋谷家の裏の山から土砂が押し寄せてきた。
家の壁や柱がなぎ倒されるすさまじい音で目覚めた父親は自力で脱出し、
119番に通報。駆けつけた消防団によって母親は救出された。
だが、祖父母は裏山側の部屋に寝ていたため犠牲になった」という。







あっという間の出来事だったんでしょう。

テレビのニュースで「とても仲むつまじいご夫婦だった」と、
ご祖父母様の知人である女性がインタビューに答えていた。

ご祖父様は87歳、ご祖母様は85歳。

橋谷君はじいちゃん、ばあちゃん子だったそうで、とても可愛がられた
ようだ。崩れ落ちた裏山は、橋谷君が幼いころにご祖父母さまとタケノコを
掘った思い出の場所とか。その裏山が突然・・・。

橋谷君、辛いだろうに報道の対応や葬儀の準備など気丈にふるまっていた。

わたしたちにもいつもの笑顔で「大丈夫です、ありがとうございます。」と
答えてくれた。
きっとぎりぎりのところで踏ん張っているんだろう。

でも、彼なら大丈夫、ひとつひとつ冷静にクリアして
きっと乗り越えるだろう。かならず。



  2016/06/21(火) 悲しい電話  


今朝、IT担当の橋谷君から土砂災害の影響で午後から出社する旨
電話がありました。

お昼にテレビのニュースを見ながら昼食をとっていたら、
橋谷○○さんが土砂崩れで生き埋めになっているというのです。

まさか、同姓だけど、まさかだよねーと、ゆうさんとはなしているところへ
橋谷君から電話がありました。

うちの祖父母が土砂崩れで亡くなりましたと。

わたしたちはすぐに橋谷君の家に駆けつけました。

そこはもう・・・。

橋谷君がいました。
大丈夫? 
大丈夫なわけないのに、それしか言えなかったのです。

なんで、朝の電話で言わなかったの、と思ったのですが、
彼は、何事も心配かけまいと口にも顔にも出さないという性分なのです。

思えば、地震によって家業の花卉栽培が壊滅し、
それでも一家で懸命に復興へ向けて尽力されていた矢先の出来事です。
それでも、大丈夫です、と笑顔で答えました。

わたしちは現場で、何もできずただ立ち尽くすだけだったのに。

地震、大雨、いつもよその出来事だったのに。

なんで・・・どうして・・・。



  2016/06/21(火) 避難勧告  


午前2時44分、スマホからけたたましいチャイム音が・・・。

ハッと飛び起きた。まさか・・・でも、揺れてない。

揺れてないのになに?と見ると
大雨による「避難勧告発令」だった。

たしかに昨夕の雨は激しく、雷も鳴り響いていた。
ということは、就寝中ずっと降ってたのか~。

テレビをつけたら、合志市でも150人の人が避難しているというスーパーが流れていた。
合志市も広いから、土砂災害の恐れがある地域の人たちだろう。
不安だろうな。

まだ雷がバリバリドーンと暴れまわっている。
近所にはたくさんのワンちゃんたちがいるから、逃げ出さなければいいけど。
犬は雷音をとても怖がり、いつもは越えられないサークルでも必死に飛び越えてしまい、
ただひたすら走って逃げる。何度も保護した経験があるので、とても心配。

地震で地盤が緩んでいるので、何が起こるかわからない。
気をつけなきゃ。

避難所の人たちの健康を祈る。



  2016/06/14(火) 八代市 震度5弱  


4月14日夜の前震発生から2カ月。

徐々に余震の回数も少なくなり、
このまま収まってくれればと思っていたのに。

12日午後10時8分ごろ、八代市で震度5弱の地震。

またかと、ため息、落胆。

まだまだ油断できない。


【現在の被害状況】

6月15日(水)熊本地震63日目 (6月15日熊本日日新聞より)

●熊本地震 県内の被災状況 (14日午後時点、熊日まとめ)
□死亡       49人
(熊本市4 南阿蘇村15 西原村5 御船町1 鹿島町3 益城町20 八代市1)
□震災関連死    20人
(熊本市10 宇土市2 阿蘇市2 南阿蘇村1 御船町1 益城町1 氷川町1 高森町1 嘉島町1)
□行方不明      1人(南阿蘇村)
□負傷者   1,736人
□住宅被害 141,970棟
□避難所     124ヵ所
□避難者   6,211人
□水道断水   約700世帯
※県災害対策本部などの集約分

まだ6,000人以上の人々が避難所生活を続けています。



  2016/06/10(金) 合志市・人口6万人突破  


合志市は3月末、合併して初めて6万人を突破した。

へ~ こんなのどかな町に6万人もいるのか~、
ちょっと驚いた。

合志市は2006年2月、合志町と西合志町が合併してできた。

合併時の人口は5万2,516人、この10年で約7千人増えたことになる。
世帯数も約4千世帯も増えている。

2015年の県推計人口調査では、14歳以下の年少人口は
1万699人で、総人口に占める割合は18.1%で県内トップ。

熊本市への通勤も1時間以内だし、子育てにもとてもいい環境だから、
移り住む人が多いんだろうな。

最近、近くのスーパーの店内が賑やかになって、
何となく活気づいてきたように感じたのは、そういうことだったのか~。




  2016/06/06(月) チャンプ逝去  


ムハマド・アリさんが亡くなった。

ボクシングなんて興味もないのに、この喪失感は何なんだろう。

あの反骨精神に共感めいたものがあるのかもしれない。

うっすらとした記憶ではテレビの中で、とことん対戦者を罵しって
挑発していたこと。

あれは今考えると、戦う男の戦略だったのではないか。
試合までにさんざん相手のことを中傷し、試合当日には
血気にはやる相手に対して「蝶のように舞い」、
ますます苛立つ相手を「ハチのように刺す!」。

この一連の動きは誰かに似ている。

そう、宮本武蔵!

そして、あの巌流島の決闘のシーンが浮かんでくる。

まさか、チャンプは武蔵の「五輪の書」を読んだのではないか???
そんな馬鹿な。

ボクサーへのきっかけは、12歳のときに、父親から誕生日にもらった
自転車を盗まれ、「自転車ドロボウが見つかったら、きっとぶちのめしてやる」
と泣き叫ぶクレイに、そばにいた警官がボクシングを勧めたという。
なんと、その警官はボクシングジムのトレーナーもしていたというから、
まさに運命の出会い。
それから、わずか8週間でリングに立ったというから天性のものがあったに
違いない。
1960年のローマ五輪に出場し、ライトヘビー級で金メダルを獲得。
しかし、帰郷したケンタッキーで人種差別を受け、悔しさから金メダルを
川に投げ捨てたという。
その後、公民権や人種差別に立ち上がり、兵役も拒否するなど、
そのハングリー精神はリング上だけのものではなかった。

1964年にプロ転向して1981年にリングを去るまで、61戦56勝(37KO)5敗。

私の小さいころは、私も、周囲の大人も
「にくたらしい!」「猪木 やっつけてー」と思ってた。

そのチャンプが・・・逝ってしまった。


彼の口癖は「Greatest Champion!(グレーテストチャンピオン!)」

ほんとうにそうだった。

ムハマド・アリさんはボクシングのチャンプであり、
その生き方は、消極的な私に喝をいれてくれた
「グレーテストチャンピオン!」である。


★私の好きなチャンプの名言

不可能とは、自らの力で

世界を切り開くことを放棄した

臆病者の言葉だ。

不可能とは、

現状に甘んじるための言い訳にすぎない。

不可能とは、

事実ですらなく、単なる先入観だ。

不可能とは、

誰かに決めつけられることではない。

不可能とは、可能性だ。

不可能とは、通過点だ。

不可能なんて、

ありえない。



  2016/06/05(日) 梅雨入り  


平年より一日早く、昨年より2日遅い梅雨入り。

地震発生から50日を超え、今なお7,007人の被災者が
避難先の生活を余儀なくされている。
半壊の家で暮らす人、このあたりの家もまだまだ
ブルーシートに覆われた屋根が多く雨漏りなど懸念される。
また、被災地の山間部には亀裂が多く、少しの雨でも
土石流や地滑りが発生する危険をはらんでいる。

南阿蘇村の阿蘇大橋周辺で行方不明になっている大学生、
大和晃(ひかる)さんはまだ見つかっていない。
これで雨が続くと、また捜索が遠のいてしまう。
ほんとうに、ご家族のご心労いかばかりかと胸が痛みます。

今年の雨は怖い、
なんとか、何事もなく早く梅雨が明けてほしいと願う。



  2016/06/04(土) 予報通りの雨  


きのう、今日の雨を想定してジャガイモと玉ねぎを収穫。

「きょう、絶対に収穫しないと明日から雨だしな~でも、一人じゃな~」とゆうさん。
年々、体力落ちてくるとこぼしながら、ダメもとで私の長女に応援要請。
ところが意外なことに、今日は時間ありと引き受け、駆けつけてきた。

ふたりでジャガイモと玉ねぎの収穫作業。
私は、現場監督!


         地震騒ぎで草が生え放題。


         でも、掘り起こすとこのとおり。


         今年は、小さめだけどつぶ揃いで豊作!


         「メークイン」と「男爵」。この段ボール箱で10個。




         玉ねぎも今年は小ぶり。


         「中晩生」200本、「赤玉ねぎ」50本。







予定どおり、何とか梅雨入りに間に合ってひと安心。
これで、カレーも肉じゃがもポテトサラダも年内安泰!!




  2016/06/03(金) 危険な予感  


晴天とはうらはらに

突然の揺れ

突然といっても、ここ4~5日の揺れが全く気づかないほどの
微震で、余震が治まっていたわけではない。


7時55分頃、久々のドーン、ユラユラユラ・・・
8時10分頃、ガタガタガタ・・・

震度2.5らしい。

震度3以上の揺れが続く中の震度2は、体が慣れているせいか
気にも止めないほどの微震に感じるが、
治まったかに思わせての震度2はきつい。
恐怖も蘇る。

何も起こらないようにと念ずるしかない。



  2016/06/01(水) 余震なし!  


どんよりとした空模様。


昨夜も揺れを感じなかった。

この三日ほど鳴りを潜めている。
どうか、このまま沈静化してほしい!

新聞も、避難場所の話題から、
あちらこちらで活動を開始したという記事が多くなってきた。

罹災証明書の受け付けも急ピッチ。

県内の観光地も営業再開に向けて慌ただしさを増している。

児童たちも運動会で元気に走っていた。

少しづつ、でも、たくましく前に進んでいる。


今日は高校時代の校長先生の奥様が、今度の地震で
怪我をされたとのことでお見舞いにでかける予定。

「典子は、今」で描かれたとおりの校長先生で、
今も連絡を取り合っており、先日、先生に安否の電話をして
奥様の怪我の事を知ったのです。
奥様は、地震のとき、タンスの下敷きになって骨盤剥離の重傷を
負われたとのこと。


追記:

校長先生の奥様は、思ったよりお元気に伺えました。
絶対安静から、今はリハビリの日々だそうです。
ご入院中だから、お元気という表現は適しないと思うのですが、
全く重々しい雰囲気は感じられず、溌剌としていらっしゃいました。
10分ほどお話をしておいとましたのですが、ずっと笑顔で
いらっしゃって、とても安堵しました。