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2020/7/8(水) 熊本県内死者54人

昨夜もかなりの雨が降った。

豪雨は県北にも広がり、最北の山鹿市で2人が
亡くなるなど、その勢力はまだ衰えていない。

7日、死者54人、心肺停止2人、
行方不明は10人。
球磨村の災害対策本部によると、
7日朝の時点で全78集落ののうち、
まだ大半で車が入れず、400人以上
が孤立状態という。
芦北町では孤立した集落に自衛隊員が
徒歩で食料や水を運搬。ただ人力では
1人当たり1~2日分の食料しか届け
られないのが現状。
   (熊本日日新聞7月8日朝刊より)

今、電気も水も、食べるものもない孤立状態の
人たち、三密など言ってられないという避難所で、
不安におののく人たちがいる。

今晩からまた豪雨の予想、まだまだ気が抜けない。


2020/7/7(火) 避難勧告

昨夜19時15分に避難勧告【警戒レベル4】
全員避難のエリアメールを受信。

近くを流れる菊池川は氾濫危険水位を超えている。

菊池川までは車で3分の距離だけど、自宅からは
相当下るので浸水の心配はないと思う。
ただ、ここは田んぼに囲まれているので、
このまま降り続けば床下浸水するかもしれない。

午前11時30分現在、
線状降水帯がまたこの辺りを含めて覆いそう。


〇熊本県南地域の豪雨被害
 死者49人。心肺停止1人。行方不明11人
 に上り、警察と消防、自衛隊などが捜索を
 続けているが激しい雨に阻まれ難航。
 6日午前10時時点で、7市町村59集落の
 最大2700世帯の安否が確認できていない。
     (7月7日熊本日日新聞朝刊より)



2020/7/6(月) 県南豪雨 被害甚大

今朝のテレビの映像で絶句。

あまりにも・・・。

たくさんの人が亡くなり、行方不明の人々がいる。
泥まみれの町で呆然と立ち尽くす人々、
歩道に逆立ち状態の車、川は勢い衰えず、
冷蔵庫やピアノを軽々と押し流している。

熊本日日新聞の朝刊に掲載された被害の模様。

5日朝の時点で、
球磨村など8市町村の少なくとも約120集落
約2100世帯が土砂崩れや道路冠水などで
〝孤立状態〟になり、救助活動が続いた。

5日午後1時30分現在、
14市町村の86カ所の避難所に約200世帯
約1500人が避難する。

人吉市中神町で堤防が約30㍍にわたって決壊
するなどした球磨川流域では約100㌶
(東京ドーム約230個分に相当)の約6100戸
で浸水被害が発生。

5日午後10時現在、
死者22人(芦北町9人・人吉市9人・八代市3人・
津奈木町1人)
心肺停止18人(球磨村16人・芦北町1人・
人吉市1人)
行方不明11人(球磨村5人・人吉市3人・
津奈木町2人・芦北町1人)

6日13時30分
今も雨が続いている。
おそらく県南部は激しい雨だろう。
土砂災害、河川の増水、氾濫の危険性が
高まっている。

何はともあれ「命」を守って!


2020/7/5(日) 球磨川氾濫

きのう4日、梅雨前線の影響で県南地域は
観測史上、最大を更新するような豪雨に見舞われた。

気象庁は4日午前4時50分、県南を中心とする
16市町村に大雨特別警報を発表。
2013年の運用開始以来、県内で初めてという。

県北の合志市も雨は降っていたが、県南の人吉・
球磨地方の雨の激しさはテレビで見る限り尋常では
なかった。
そして、球磨川の濁流は生き物のような勢いで
町を飲みこもうとしていた。

一夜明け、2人死亡16人心肺停止、9人不明。
球磨川は氾濫し、各地で土砂崩れ浸水被害が
相次いでいる。被害の全容はまだ不明。

地元の高齢の人たちが、避難所でのインタビューで
「こぎゃん雨は生まれてから経験したことはなか」と
口を揃えて言っていた。

今も行方不明者の捜索が必死に行われているのに、
今日の夜から明日の午前中まで、また雨が予想
されている。

※早々に、わたくしどもにご心配のお電話やメールを
いただきありがとうございました。
わたくしの住まいは合志市で県北にあたり、雨は降り
ましたが被害が出るほどの雨量ではありませんでした。
被災地は鹿児島県との県境、球磨川の流域にあたる
地域です。例年ですと球磨川は今ごろアユ釣りや
球磨川下りなどで賑わう、大変穏やかな川なのです。
ほんとに信じられない出来事です。
今夜からの雨がひどくならないよう祈っております。
この度は、ご心配をいただき感謝申し上げます。


2020/7/1(水) 熊本大空襲

1945年7月1日は、
米爆撃機B29による熊本大空襲があった日。

空襲の目標となったのは、現在、母が住んでいる周辺。
今は学校が立ち並ぶ文京地区だが、当時は軍隊など
軍事施設が集約されていた地域。
息子の母校の中学校など周囲の学校もほとんどが
軍の施設跡。
だから、徹底して爆弾を投下され、街を焼かれた。

その後8月10日にも空襲があり、2回の空襲で
617人の命が犠牲となり、1317人が重軽傷、
家屋被害は約1万2千戸に上った。-「新熊本市史」より-

熊本大空襲は、熊本の人にも意外と知られていない。
当時、生まれたばかりの赤ちゃんが今では75歳。
語り継ぐ人が年々、少なくなってくる。